INTERVIEW

TOSHI-LOW其の三

13/09/18

ZERO MAGAZINEインタヴュー!

BRAHMAN、TOSHI-LOW氏!

其の三!

今回は、怒濤のシークレットエピソードラッシュ!

裏も表もオープンマインド全開でお送りします!

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Z:
BRAHMANを結成したのはTOSHI-LOW君が何歳のときだったのですか?

T:
19歳ですね。

Z:
いまは何歳ですか?

T:
38歳になりますね。

結成19年目です。

Z:
すごい!

T:
こんなに長く続くとは思ってなかったんですよ。

Z:
バンドをやってる人ってだいたい25?26歳までで、第一回目の人生の分岐点が訪れますもんね。

T:
何にも考えないまま今に至ってますね。

こうやって続けられてるのはラッキーだと思います。

Z:
最初はインディーレーベルだったんですよね?

T:
Level9っていうレーベルでSLUMと同じ会社だったところってレーベルです。

Z:
FAR EAST HARDCOREを出したところですよね。

T:
そうです、そうです。

そこの元がNEWEST MODELやMESCALINE DRIVEがいたバルコニーっていうレコード会社レーベルでしたね。

で、CDをリリースした後、RUDE BONESの大川に『印税もらった?』って言われたんですよ。

それを聞いた俺は、印税って...何? と。

『CDが売れると印税がもらえるんだよ』と。

Z:
出ましたね(笑)。

昔のバンドは印税はレコードの現物支給だったらしいですよ。

T:
そうやって分からない子供を相手に商売するおじさんっているんですよね(笑)。

それでさっそく社長に、印税ってもらえるんですか? って聞くと、舌打ちされたんですよ。

『チッ...誰から聞いたんだよ...』って(笑)。

Z:
(爆笑)!!!

知らなければスルーしていたと!

怖いですね(笑)。

T:
いま舌打ちした!って、びっくりしましたよ(笑)。

2枚目はCOKEHEADのレーベルから出ました。

Z:
そういえばBRAHMANの人形を持ってましたよ。

T:
ソフビですか?

Z:
そうそう。

T:
本当ですか、うれしいですね。

Z:
メディコムの岡君にもらったんですよ。

なぜかBALLZACの人形と一緒に(笑)。

T:
TAKE-SHIT人形はもらってないですか?

Z:
TAKE-SHIT人形はもらってないですけど、その原型をやってるのが後輩なんですよ。

友達が!

BRAHMANの人形を、やたらとくれくれ言うからあげたら、ヤフオクで売られてました(笑)。

かなりの値段で売れたって言ってましたよ。

T:
そういう時代でしたね。

Z:
本当に好きでファンだからと思ってあげたのに、売ってるって(笑)。

T:
今はそういったフィギュア事情ってどういう感じなんですか?

Z:
SECRET BASEと一緒にやってるんですけど、最近ではデビルマンやマジンガーZとかですね。

限定で販売してるんですが売れてますよ。

T:
SECRET BASEのフィギュアって、コアなおもちゃ好きじゃなくても欲しくなるものがいっぱいありますよね。

Z:
COKEHEADのレーベルに移ってからは、ずっとそこからリリースしていたのですか?

T:
1枚目のアルバムはCOKEHEADも一緒にやってたイレブンサーティーエイトってところから出したんですよ。

COKEHEADもいたし、安心だなって思ってたんですけど、またレーベルと大モメしちゃいまして(笑)。

Z:
印税ですか?

T:
印税です(笑)。

ファーストアルバムは異例のヒットで、数十万枚っていう売れ行きだったんですよね。

それの印税の計算方式がおかしかったんですよ。

Z:
また?

TOSHI-LOW君、印税の計算法を学んでおいたほうがいいんじゃないですか(笑)。

T:
そうなんですよ(笑)。

基本的にズボラなんです。

それに人を信用して任せちゃうタイプなんですよね。

自分たちでも会社を立ち上げて、やり取りしてたんですけど、なんか計算がおかしくない? って話になって、レーベルに意見したんですよ。

すると逆に訴えられたんですよね。

Z:
ええー!!!

T:
最近まで裁判をやってました。

最高裁で僕らが勝訴したんですけど、なんかメチャクチャな感じですね。

裁判記録とかはインターネットで出てると思いますよ。

Z:
数十万枚だとエグい金額ですね。

お金でモメるのって嫌ですよね。

T:
そうですね。

正しいことを言ってても、気持ち悪いというか。

まあ、自分たちも悪かったんでしょうがないんですけど。

Z:
なんかお金のことを言ってるほうが間違ってるような錯覚になりますよね。

T:
そんなこともあって、メジャーに移籍しました。

そういう部分は、はっきりしてますからね。

あと、どこでもCDが買えたほうがいいんじゃないかってのもありましたし。

Z:
インディーだと販路が限られてきますもんね。

T:
自分達だけでやるっていう方法もあったんですけど、金の勘定が苦手だったんですよね(笑)。

まあ、そんなこんながあって、いい勉強をさせてもらったと思ってます。

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Z:
メジャーだと年にアルバムを何枚リリースして、みたいな制約が出てこないですか?

T:
それを最初に契約しなかったんですよ。

自分たちがやりたいようにやる、っていう条件付きだったんですよね。

ただ、あまりにも音源を出さないので、いまはリリース枚数の条件を付けられちゃってるんですけどね。

でも比較的おおらかな枠で見てくれてます。

Z:
年間アルバム1枚ぐらいですか?

T:
いえいえ、次のアルバムは5年ぶりのリリースです。

メジャーで5年ぶりってMETALLICAか? って話ですけど(笑)。

いいものをつくりたい、って思ったらなかなかできないですね。

Z:
降りてこないとできないですもんね。

T:
HARDCOREのバンドで10年やってて、7インチが2枚っていう人たちもいるじゃないですか。

それって間違ってないと思っちゃうんですよね。

Z:
ただ、ファンは待ってると思いますよ(笑)。

この間のBRAHMANのライブのとき、女友達に聞いたんですけど、ファンの女の子たちはトイレでTシャツを着替えてるらしいですね。

それにビックリしました(笑)。

T:
気合いを入れてくれてます。

Z:
それにしても、いまはCDを売るのがたいへんな時代ですね。

T:
CDに頼らないで、できるだけやっていこうと思ってます。

Z:
ライブは年間に何本ぐらいやってるんですか?

T:
どれぐらいでしょうね、あまり数えたことがないんですけど、活動は休止したことがないです。

Z:
今までで、印象に残ってるライブは?

T:
中国のライブで投石されたことがありましたね。

印象に残ってるというか、はじめて無心になりました。

最初、ガンガン石を投げられてすごかったですね。

Z:
石、ですよね(笑)。

メチャクチャ痛いじゃないですか。

T:
メッチャ痛いですよ(笑)。

Z:
投石されるきっかけがあったのですか?

T:
中国のフリーイベントだったんですけど、ちょうど自分たちが行く1ヶ月ぐらい前に、南京で日本人による集団売春みたいなのがあったんですよ。

日本の企業が300人ぐらい売春した、みたいな。

あと、中国の建国記念日で反日をすごく煽ってた時期でもあったんですよね。

もともとの教育的な部分もあったと思います。

いざ、ライブがはじまると、雨あられのような投石ですよ(笑)。

自分は真ん中に立ってますから大変でした。

Z:
攻撃が集中するじゃないですか。

T:
そうなんですよ。

どうやってもそれ投げれないだろ、っていう大きな石を引きずってくるヤツもステージから見えるんですよ。

あと、植木を抜いてきたヤツとか。

最初は飛んでくる石がバチバチ当たって、痛えな?って思ってたんですけど、やがて、生卵が飛んでくるんですよ。

それがボコンッ! って当たって割れた時になんか...

どうでもいいや!

って思っちゃって、よし! 歌おう! って開き直ったんですよね(笑)。

Z:
もうそれしかないですよね(笑)。

T:
無心でとにかく歌おうって思ったんですよ。

そこから夢中で9曲を歌いきったんですけど、パッて顔を上げると、会場から拍手が聞こえてきたんですよね。

あれ? 

これは何が起きたの? と。

会場に5000人ぐらいいたんですけど、出口がその奥にしかないんですよ。

もう腹をくくって、何かあったらダメだなって決心しました。

ライブが終わって楽屋へ戻ったら、人がグワーッて来たんですよ。

ああ、終わったな...

と思って、しかたないからせめて何人かはヤッてやろうって構えてたんですけど、『お前ら最高だった!!!』って言いにきてくれて。

Z:
おおっ!

伝わったんですね。

T:
音楽が言葉を超えるって、言うのは簡単ですけど、それを実行できたっていうのが感慨深かったです。

はじめていやらしい気持ちなしで、一所懸命になったのかなって思いましたね。

Z:
いつもは、いやらしい気持ちがあるのですか(笑)?

T:
やっぱり、若いときはあるじゃないですか。

COKEHEADの小松靖みたいな(笑)。

COKEHEADとツアーを回ってたときは、本当にフザけてたんですよ。

お金がなかったからタコ部屋に泊まってたんですけど、それが嫌だから小松と一緒にナンパしてました。

ヒドい時はCOKEHEADのライブ中にナンパしてましたよ。

『小松と打ち上げに行くけど、行かない?』みたいな。

最低でしたよ(笑)。

Z:
やっぱりそれで成功するんですか(笑)?

T:
イケた時代でしたね(笑)。

小松靖が絶大なる人気でしたから。

Z:
小松君って、いつも変な場所で会うんですよね。

一度、府中の免許センターで会いました。

『なんでいるの!?』って言われて、それはこっちのセリフだと(笑)。

COKEHEADはまたやってますね。

T:
あの人は変わらないですね、いい意味でも悪い意味でも。悪い意味が多いですけど(笑)。

でも、子供が生まれて変わったんじゃないですかね。

しかも女の子ですし。

Z:
女遊びをやってきた人は、女の子が生まれるらしいですよ。

みんなそれで我に返る、みたいな。

ウチも女の子です(笑)。

TOSHI-LOW君のところは?

T:
男2人なんですよ。

Z:
ナンパしまくてったのにおかしいですね(笑)。

T:
小松ほど遊ばなかったからですかね(笑)。

Z:
子供は何歳ですか?

T:
小学校1年生と、9ヶ月と、です。

ほんっっっとに、かわいいですね。

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印税問題に投石ライブ!

そして...ナンパ!

歯に衣を着せない物言いで、赤裸々に語るTOSHI-LOW氏!

次回最終回は、さらにリアルな話が続出で目が離せない内容です!

次回更新日は9月23日月曜日です!

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宜しくお願いします。

TOSHI-LOW其の二

13/09/09

ZERO MAGAZINEインタヴュー!

BRAHMAN、TOSHI-LOW氏!

其の二!

BRAHMANの初期衝動!

BIKEとBANDの爆笑エピソードでお送りします!

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Z:
高校時代にやってたバンド名は?

T:
ジャンキンジャップ、みたいな変な名前でした(笑)。

今思うと恥ずかしいですよ(笑)。

Z:
若い頃にやりがちな感じですね(笑)。

TOSHI-LOW君はヴォーカルですか?

T:
ヴォーカルでした。

楽器が下手クソなんで(笑)。

ちょうどその頃、先輩たちが東京へよく行ってたんですよね。

それでLONDON NITEでかかってたレコードをチェックして水戸に持ち帰ってくれてたんですよ。

水戸でも自然とDJイベントのまねごとみたいなのがはじまって、音楽的にも盛り上がっていった感じですね。

で、東京スカンクスがやってくるわけですよ。

Z:
そうなんですね!

T:
そこでサイコビリーの洗礼も受けました。

Z:
自分もBILLYS WEEKENDERへ行ったことがありますよ。

かなり、怖かったです(笑)。

T:
大阪ってあまりサイコビリーがいないですよね。

Z:
そこで初めて見たんですよ。

たしか...

俊美君と遊ぶ約束をしてたんですけど、俊美君に用事ができてNIGARA君とホテイ君が迎えに来てくれたんですよね。

いきなり『行きましょー!俺らのイベントへ!』って言われて!

原チャリの後ろに乗せられて向かったのがBILLYS WEEKENDERで、パンチ合戦バシバシでした(笑)。

NIGARA君に自分だけ普通の格好で浮いてるけど大丈夫って聞いたら?

大丈夫!

俺たちが守りますからと。

あの2人はデカいですからね(笑)。

でも...

怖かったですよ(笑)。

サイコビリーは見た目も怖いですけど、独特の空気感があるでしょ?

T:
排他的な感じもあるし、ムチャクチャですよね。

でもそれがすごく好きなんですよ(笑)。

Z:
バンドをはじめたのは高校一年生のときですか?

T:
高一のはじめぐらいでしたね。

Z:
なぜバンドをやろうと思ったんですか?

T:
暴走族かバンドかっていう、カウンターカルチャーの選択肢でバンドを選んだんです。

当時は族もギリギリかっこいい時代だったんですけどね。

Z:
族は先輩、後輩の関係が厳しいですもんね。

バンドも縦社会ですけども。

T:
中学時代も上下関係が厳しすぎて、毎日殴られてましたよ。

縦のラインは別に嫌いじゃないんですけどね。

Z:
自分も中学生の頃、金を集めさせられてましたよ(笑)。

明日までに○○円を集めてこいて言われて、またや...みたいな(笑)。

そういえば佐野のアウトレットへたまに行くんですけど、北関東は旧車會の人たちが多いですね。

T:
かなり愛車にお金がかかってますよね。

Z:
ヴィンテージのバイクですからね。

T:
バイクを褒めるとメチャクチャくるんですよ(笑)。

ウチのKOHKIが4フォア乗ってるんですけど、バイクでレコーディングに来てて、後ろから機材車でついて帰ってたら、旧車會の人たち5人ぐらいがバッて来たんですよ。

うわ...

絡まれた、めんどくせ?って思ってたら!

ウチのチームに入ってくださいよ!ってKOHKIが言われてて(笑)。

俺、つるむの嫌いだからって断ってましたね。

Z:
(笑)!

4フォアはきちんと管理しないと盗まれますね。

T:
ガードレールに鍵で繋いでても、ガードレールごと引っこ抜かれますもんね。

Z:
ところで、BRAHMANは東京に出てきてからつくったバンドですか?

T:
そうなんですよ。

大学で東京に出てきて、最初はライブハウスに行ったり、CLUBに行ったりして遊んでましたね。

そうこうしているうちに、またバンドやりたいな?って思いはじめて、東京にいる地元のヤツらとバンドを組んだんですよ。

東京の友達ってまだあまりいなかったんですよね。

Z:
なるほど。

T:
で、ANTIKNOCKに出入りするようになって、そこでライブをやってたウチのドラムとベースに出会ったんですよね。

俺がバンドをやりたいって話すと『じゃあ、やろう!』って即決で、お互い同じ日に解散してバンドを組むようになったんですよ。

Z:
アツいですね!

それまでやってたTOSHI-LOW君のバンドはどういった音楽だったのですか?

T:
ミクスチャーに毛が生えたような、ちょっとSKAを入れたいな?的な、あの当時のつたない感じです。

Z:
当時はNEW YORK系が流行ってましたよね。

T:
流行ってましたね。

Z:
自分はずっとLONDONのHCを聴いてたから、NEW YORKってあまり聴いてこなかったんですよね。

服装もやっぱり違うんですよ。

鋲ジャンとか、ああいうファッショナブルなほうが好きだったので。

T:
はい、分かります。

Z:
初期のBRAHMANのギターは誰だったのですか?

T:
地元のツレだったんですけど、いま近くでパン屋をやってます。

最初期はベースも水戸の友達だったんですよね。

その友達は東大へ行ってて、なんかバンド名考えてよって頼んだんですよ。

NIRVANAみたいな、東洋のことなのに英語っぽいのないって聞いたら?

『BRAHMANARTMANってあるけど』って言われたんですよね。

Z:
間違いなくBRAHMANですよね(笑)。

T:
京王ARTMANっていうデパートがあるから、ARTMANはヤメようって話になって、BRAHMANを選択しました。

特に理由もないんですけど(笑)。

Z:
ところでNIRVANAといえば、自分はカートコバーンと同じ誕生日なんですよ。

T:
ワーオ(笑)。

でも...

NIRVANAそんなに好きじゃないんですよ(笑)。

Z:
自分も別に好きじゃないんですけど、嫁がコートニーラブと同じ誕生日というのも偶然で。

T:
それは...けっこう良いですね(笑)。

Z:
同じ誕生日の有名人話で、よくこのことを話すんですよ。

みんなは、夫婦ですごいな?! ってメチャクチャあがってくれるんですけど、この話を嫁にすると、
『最後は自殺やな』って(笑)。

T:
ヤバいですね、それは(笑)。

Z:
初期のBRAHMANはANTIKNOCKあたりで出てたのですか?

T:
いえいえ、最初は箸にも棒にもかからなかったで、全然でしたよ。

やさしくしてくれたのは、ジャパコアの若い人たちと、ノイズの人たちだったんですよね。

ノイズというか、なんていうんでしょうね、20000Vとかに出てるような。

Z:
KIRIHITOとか。

T:
そうそう、ゴッドマウンテン系の人たちですね。

他にも、道産子アナルや髑髏首とかもいたんですけど。

Z:
道産子アナル(笑)。

T:
そういった人たちが、おもしろがって呼んでくれたんですよ。

あと、D.S.B.やTHE GAIAとかも呼んでくれましたね。

BURNING SPIRITSもAIR JAMより先でした。

自分たち自身はANTIKNOCK的な感じと思ってたんですけど、AIR JAMがあってからはAIR JAM系って言われるようになって、あれ?...何これ?って違和感をおぼえました。

Z:
そういった方面に誘われるようになったきっかけって何ですか?

T:
COKEHEADが仲良くしてくれてたんですよね。

たしか大阪のRHYTHM & RHYMEかなんかの帰りに、ウチのドラムがCOKEHEADの車を追い抜くときに、逆立ちして車のハッチからチンポを出して追い抜いたんですよ。

それで『あんたらおもしろいね!』ってなって、仲良くなったんですよね(笑)。

Z:
そういえば昔、BRAHMANにライブで出てもらったとき、別のバンドがライブ中にドラムとベースの人が後ろで全裸になって側転をやってましたよ(笑)。

T:
メチャクチャでした(笑)。

Z:
はっきり憶えてるんですけど、その二人がライブを観てて『もう?っ我慢できねぇ?!』って全裸になって、側転をクロスさせてました。

演奏してたバンドが終わったあとに『お前ら、何やってんだよ!』って怒られてましたよ(笑)。

だから自分のBRAHMANの印象は、全裸だったんですよ。

T:
間違ってないですね(笑)。

最初の数年は、ウチのドラムはずっとすっぽんぽんで演奏してました。

よく次のバンドの人に怒られてましたよ。

汚ねえ!って(笑)。

バンドがこんなに長く続くとは思ってなかったんで、単純にインパクトがあればいいやって考え方だったと思います。

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エネルギーが爆発!

破天荒に全裸で転がるBRAHMAN!

感情をダイレクトに表現するBRAHMANの音像の本質が見られました!

次回は...

ZERO MAGAZINE真骨頂の、知られざるバンド裏話の連打!

見逃せません!!!

次回更新日は9月16日月曜日です!

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TOSHI-LOW其の一

13/09/05

ZERO MAGAZINEインタヴュー!

今回のお相手は??

お待たせいたしました!

BRAHMAN! TOSHI-LOW氏が見参です!

泣きと笑い満載の人情物語でお送りします!

さてまずは...TOSHI-LOW氏が逆インタヴュー!?

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ZERO MAGAZINE(以下Z):
今回はBRAHMANのTOSHI-LOW君の所にきました。

TOSHI-LOW氏(以下T):
よろしくお願いします!

まさか、レジェンドがこの目の前にいるとは(笑)。

Z:
いえいえいえ(笑)!

昨年の12月は関西のライブでお世話になりました。

T:
こちらこそ本当に楽しかったです。

Z:
大阪はどんなイメージがありますか?

T:
大阪は...

そうですね、怖いイメージがありますね(笑)。

Z:
そんなことないですよ(笑)。

T:
昔、日本刀らしきものを持って歩いてる人とかよく見ましたよ。

ふつうに怖いです(笑)。

Z:
危ない人は沢山いますね。

自分はそういう所へ行きたくないですから(笑)。

T:
何を言ってるんですか、真ん中にいらっしゃったでしょ(笑)?

Z:
いやいや、端っこのほうですよ(笑)。

自分の友達が真ん中にいただけの話です。

T:
皆さんはZERO MAGAZINEをどんな角度で読んでらっしゃるか分からないですけど、ど真ん中ですよ。

Z:
一般の人も、業界人も、いろんな方が読んでくれてます。

なぜZERO MAGAZINEをはじめたかというと、もう雑誌に頼りたくないっていう部分があったんですよ。

雑誌って、いい時はすり寄ってきて持ち上げてくれますけど、ちょっとでもダメになるとスッと離れていくでしょ。

すべて向こう側の主導なんですよ。

自分的には、まだまだ頑張ってるのに! って思っても、もうダメなんですよね。

そんなことを考えていると、紙媒体よりWEBだなって思ったんですよ。

で!

友達に話してみると、『なかなかインタビューできないような友達がいっぱいいるでしょ? そういう人たちのインタビューをやれば? 』って言ってくれたんですよね。

そんな流れで記念すべき第一回目のインタビューを渡辺俊美君でやったんですけど、SOUL SETの元メンバーのDRAGON君からたいへんお叱りのメールがきました(笑)。

T:
なぜですか?

Z:
"なぜDRAGONさんはクビになったのですか?"って聞いたんですよ。

すると俊美君が、『○○○だからクビにした』って言ったんですよ(笑)。

T:
それがそのまま載ったんですか?

Z:
これはちょっとどうかな...

て思って、俊美君に、自分もDRAGONと友達だし、これってどうですかね?...って聞いたら『記念すべき第一回目だから、これぐらい載せなきゃね!』と(笑)。

T:
ヤバいですね、それは(笑)。

Z:
掲載した当時は何もなかったんですけど、それから半年後ぐらいかな?

一通のメールが届いたわけです。

"DRAGONだけど、この記事を作ったの誰なんだ! この野郎!"みたいな内容で、これはかなり怒ってるなと。

そりゃ怒りますよね(笑)。

すぐに俊美君に電話をして、DRAGONからこんなメールがきたんだけど、どうしますか? って聞くと『問題ねーよ! 放っておけばいーよ!』って返答だったんですけど、メールを送ってきてるのに放っておくのは無理だと思ったんで、BIKKEにDRAGONの電話番号を聞いて、さっそく電話したんですよね。

最初に、もしもしって言ったら『お前、誰だよ!』っていきなり言われたんで、名乗ると『おおー! 久しぶりだね!何何?』と。

昨日メールをもらってたんだけどって話すと『まさか...アレって...そうなの??』って展開になって(笑)。

とりあえず謝罪に伺って。

あの記事を削除しましょうか? って聞くと、『ぜんぜん大丈夫!』って話になって、その流れでDRAGON君にもインタビューすることになったんですよね。

T:
へぇ?、そんな経緯があったんですね。

Z:
早速!

俊美君にDRAGON君をインタビューすることになったと伝えると、『俺のことボロクソ言ってもいいから! って言っといてね』って(笑)。

T:
この一連のエピソードは絶対に載せてください(笑)。

Z:
発信する立場なので、そういった部分には気をつかってますね。

あと、アーティストのインタビューに関して、新しいアルバムを出ましたっていうのは、いろんなところで取材を受けるじゃないですか。

T:
ほとんどそうですね。

Z:
自分は過去のことを知りたいんですよね。

なかなかインタビューを受けない人って、おもしろいエピソードがいっぱいあるのに、それが世の中に出ないんですよ。

子供の頃はこういう育ちかたをしました、ってだけでもすごく興味深いと思うんですよね。

音楽のジャンルに限らずHARDCOREな人たちをインタビューしています。

自分からすればEGO-WRAPPIN'もHARDCOREなのです。

T:
僕自分も選ばれて光栄ですよ。

Z:
ようやくTOSHI-LOW君にインタビューさせていただけることになりました。

T:
昨年やらせていただきましたライブは本当におもしろかったですね。

リアルに触れることができたっていうか、怖い怖いと思ってた方々ともいっぱい喋れるようになったりして(笑)。

そういうのがすごく嬉しかったです。

Z:
っていうか、TOSHI-LOW君のインタビューですから、もっとこちらから聞かないと(笑)。

T:
僕がインタビュアーになりたいですよ(笑)。

Z:
それでは、前置きが長くなりましたがインタビューさせていただきます(笑)。

出身はどこですか?

T:
茨城の水戸で、暴走族だらけの土地です。

ロケットカウルってあるじゃないですか、一個でもすごいんですけど茨城はバカなので(笑)、一個ですごいんなら二個だともっとすごいって発想で二段積みになるわけですよ。

Z:
なるほど(笑)。

T:
二段積みになるとすごい高さなんで、お正月なんかは高架下にロケットカウルがいっぱい落ちてますよ。

橋にガンッて当たって落ちちゃうんですよね。

Z:
TOSHI-LOW君は暴走族だったのですか?

T:
僕は暴走族じゃなかったですよ。

暴走族をやろうか迷ってはいたんですけど、ちょうどバンドブームの時代で、同じ不良だったらバンドのほうがカッコイイなって思ったんですよね。

で、今に至ります。

Z:
良かったですね(笑)。

T:
ただ、当時は暴走族をやってから、バンドマンになるっていうパターンが多かったです。

族をやりながらギターの速弾きができる先輩がいて、ちょうどその先輩の二段ロケットカウルの写真がありますね。

え?と...これです。

Z:
ヤバ(爆笑)!

ちょっと待ってください、これ...高過ぎますよ!

マンションの二階ぐらいの高さですね。

前もすごいけど、後ろもすごい!

T:
まさにチャンプロードの世界ですね(笑)。

Z:
TOSHI-LOW君は族に誘われなかったのですか?

T:
声がかかったりもしたんですけど、徐々にバンドのほうへ流れていったので。

隣り町の中学校だと完全に暴走族になってたと思うんですけど、自分の中学校はムリヤリ引きずり込む先輩がいなかったのが幸いでしたね(笑)。

Z:
バンドは何歳ぐらいからはじめたのですか?

T:
茨城にLIGHT HOUSEっていうライブハウスがあって、当時は20帖ぐらいのバンドスタジオだったんですよね。

ちょうど15歳の頃にバンドをはじめたんですけど、勝手にスタジオでライブをやってたんですよ。

Z:
お客さんを入れて?

T:
そうです。

Z:
ダメじゃないですか(笑)。

T:
はい!

オーナーに、『お前ら二度と来るな!!!』って、めちゃくちゃ怒られました(笑)。

怒られたんですけど、その後にLIGHT HOUSEは練習スタジオからライブハウスに変わったんですよ。

町でいちばん最初にできたライブハウスでしたね。

ライブハウスになってからは、そこで寝泊まりしながらずっと遊んでました。

Z:
その頃はコピーですか?

T:
THE JAMとか、初期PUNKのコピーでしたね。

同級生もPUNKSが多かったんですよ。

駅前にBABA COOLっていうMODSのお店があったんですけど、そこはミラーをいっぱい付けたVESPAがたむろしてました。

さらに、その近くにユニーっていうスーパーがあって、そこはスケーターの溜まり場だったんですよね。

Z:
HOTですね(笑)。

T:
それらを5つぐらいの暴走族が取り囲んでる、みたいな町でした。
漫画みたいでしたよ(笑)。

その頃、僕はツンツンの金髪だったんで、歩いてたらオイ! ってスケーターに追っかけられたりしてましたね。

だからそういうので強くなりましたよ。

Z:
千葉の柏もそういうノリみたいですね。

T :
常磐沿線の地域は似てるかも知れないですね。

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暴走族 or バンド!

カウンターカルチャーの分岐路に立ったTOSHI-LOW氏は音楽をチョイス!

次回は高校バンド時代から!

BRAHMAN結成エピソードまで猛進するティーンエイジライフをお送りします!

次回更新日は9月9日月曜日です!

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BRAHMANも出演する東北ライブ大作戦の前売りは絶賛発売中です!

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TAKESHI HOSOYA其の四

13/09/01

ZERO MAGAZINEインタヴュー!

PEEL&LIFT細谷氏、いよいよ最終回!

焼き肉屋で働くかたわら、ふつふつと煮詰めてきたブランド、

PEEL&LIFT!!!

その発足の知られざるエピソードをお送りします!

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Z:
焼き肉屋をヤメて、ブランド1本でやっていくようになったきっかけって何だったのですか?

H:
昔に作ってた商品の在庫が家にダンボールで何個かあって、もうこれいらないよねって嫁と話してたんですよ。

『じゃあ私がヤフオクで売る』って、嫁がネットで売りはじめたんですよね。

同じYAHOO IDで同じアイテムをずっと出品してたら、見ている人たちがだんだん気づきはじめたんですよ。

入札するのも同じ人ばかりで『新作は、ないですか?』と、何人かに聞かれるようになったきたんですよね。

これって何かできるんじゃないの? って嫁が言いはじめたんですけど、蓄えもなかったから、バンバン新作を出せるわけでもなかったんで、副業程度にリストバンドとかを作っていったんですよね。

それがちょうど2年前ぐらいです。

Z:
なるほど。

H:
同じタイミングで、レバ刺しを食べた人が食中毒で亡くなった事件が報道されて、焼き肉屋に人が来なくなっちゃったんですよ。

さらに、そういう食中毒事件が立て続けに起こって、焼き肉屋がバタバタ閉店していったんですよね。

働いていた焼き肉屋も規模を縮小するって話になりました。

で、そこの本社が九州なんですけど、九州へ行ってくれって急に言われたんですよね。

Z:
ええ!?

いきなりですか(笑)。

働いてた店舗はどこだったのですか?

H:
新橋でした。

九州行けって言われても、僕の人生設計にそれは入ってなかった(笑)。

そんなこともあって、とりあえず社員は辞めます、と。

で、バイトに切り替えてくれって頼んだんですよ。

Z:
焼き肉屋では社員だったんですね。

H:
そうだったんですよ。

バイトに変えてもらえれば、社員でいたときよりも時間ができるし、洋服のことに時間を費やせると思ったんですよね。

そんなこんなで準備してたら、結局、その焼き肉屋も閉店することになっちゃって...。

必然的にPEEL&LIFT1本でやっていかねばならない状況になった感じです。

Z:
なるほど、そうだったんですね。

H:
ヤフオクで買ってくれてたお客さんは、いまでも通販で注文してくれてて、毎アイテムほとんど買ってくれてる人も何人かいるんですよ。

全国の10人ぐらいのマニアの方に、生活を支えてもらってます(笑)。


Z:
そういう人たちは、心強いですね!

H:
そのお客さんたちも、30代、40代ぐらだから、そうそう趣味を変えることってもうないじゃないですか(笑)。

そういった人たちに刺さる物を出していければ心強いですよ。

思えば、あのときに九州に行ってたら、いまの自分はなかったですね。

同僚で九州行きを決めたヤツがいたんですけど、仕事以外はやることがなくて、1年ぐらいで帰ってきてましたね。

Z:
PEEL&LIFTは何から作りはじめたのですか?

H:
リストバンドからはじまって、Tシャツ、ボトムなどを作っていきましたね。

そんなとき、以前から付き合いのあった名古屋のお店のオーナーから、『今度、周年だから記念アイテムを作ってくれ』って言われたんですよ。

そのオーナーとは長い付き合いで、名古屋でいた頃にもアナーキーシャツを50枚作ってくれって言われたことがあったんですよね。

PEEL&LIFTができるもっと前の話ですけど。

Z:
50枚!

一人で作ったのですか?

H:
はい!実家でひとりで作りました(笑)。

たまに後輩に手伝いに来てもらったりもしてましたけど。

で、去年の夏に、そのお店が30周年だからアナーキーシャツを30枚作ってくれってことで作成したんです。

それを藤原ヒロシ君が取り上げてくれたりして、瞬く間に火がついたんですよ。

ウチもウチも、って感じで注文が殺到しました。

とはいえ、月に30枚が限界でしたね。

一人で家でやってると30枚広げるのも無理なくらいなんで(笑)。

Z:
大変な作業ですね(笑)。

H:
いまは、最初作ったときよりも資料が多くなってるし、洋服を作るスキルも上がってるから、より本物に近いものが作れますね。

それプラスα、ひと手間加えることもできるので、それが評価に繋がったと思ってます。

Z:
そう考えると、ある意味、焼き肉屋がなくなってよかったですね(笑)。

H:
そうなんですよ(笑)。

自分ところのアレで恐縮ですけど、嫁があげまんというか、いい方向に導いてくれるんですよね。

たぶん、嫁と出会ってなかったらまだ焼き肉屋で働いてます(笑)。

Z:
(笑)!

H:
ブランドをはじめるときも、蓄えがないよって話したら『私の貯金から出すよ』って、貯金を切り崩してくれたんですよね。

Z:
シブいですね!

H:
革と鋲もパパッと注文してくれて。

じゃあこのまま、お前が代表でやっていってくれってことで嫁を代表にして、僕は社員です(笑)。

Z:
すごい話ですね。

ふつうは貯金を崩してまで出してくれないですよ。

H:
嫁は腹をくくったら何でもできる人間なのか、本人もブランドの為に時間が取れるように、勤めてた会社を辞めて、知り合いの紹介してくれたバイトに切り替えたんですよ。

Z:
むちゃくちゃ気合い入ってますね。

H:
嫁の勤めてた会社がWEBのシステムを作る会社で、辞めてはじめたバイト先もその関連会社だったんですよね。

そんな繋がりでウチのホームページのカートシステムの構築なんかも、すべて格安でやってくれたんですよ。

とにかく嫁といると、物事がいい方向に流れていくんですよね。

Z:
アツいですね。

H:
だから嫁と出会ってから、ほんとおもしろいです。

2ヶ月同じ状態だったことがない。

何かしら起きてる感じですね。

Z:
いい奥さんに出会いましたね。

H:
ええ、ほんとそうです(笑)。

Z:
お仕事は順調ですか?

H:
まあ、いまのところは順調ですね。

高望みというか無理はしないようにしてるんで、とりあえず、いただいた話をやっていくって感じです。

Z:
そうなんですね。

それでは、今後の展望を聞かせてもらっていいですか?

H:
今年は、LONDONに商品を置けたらいいなって思ってます。

商売になる、ならないは別として、むこうはコレクターがいっぱいいるから、そういった人たちにアピールしたいんですよね。

あとは、考えてるエキシビションのツアーを形にして、おもしろく広がっていけばいいかな、と。

結局、規模が小さいし、蓄えもないんで、ゲリラ的にできることをやっていくしかないんですよ(笑)。

Z:
PUNKですね(笑)。

H:
思いついたことをやるしかないっていう。

Z:
そういえば、大阪に住んでたことがあったんですよね?

H:
都島と天六に住んでました。

Z:
なぜ大阪で住んでたのですか?

H:
大工の関係で大阪に住んでたんですよね。

親父の元で働く前に、丁稚じゃないですけど他の現場に出されたんですよ。

大阪の知り合いの大工さんのところで3年間、勤めました。

ちょうどバブルの終わり頃でしたね。

Z:
大阪の現場は厳しかったですか?

H:
ふつうの大工の現場って、年配の親方がいてその下で働くっていう感じですけど、大阪の現場は職業訓練校も兼ねてたんで、高校を卒業してすぐに来る人が多くて、学校の延長線上みたいな感じでしたね。

年の近い人たちがいっぱいいたんですよ。

みんなは高校を出てすぐそこに入ってましたけど、僕は専門学校を卒業してからだったんですよね。

だから同級生がみんな年下なんですよ。

それに加えて、名古屋の知り合いの紹介で来てるっていうのを周知してたから、腫れ物にさわるような扱いをされてました(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

H:
大阪に住んでたのは、かれこれ20数年前ですね。

Z:
その頃の大阪のイメージはどんな感じでした?

H:
レコードを買ってた記憶しかないですね(笑)。

ひたすらミナミでレコード屋巡り。

Z:
レコードはどこで買ってました?

H:
ちょうどTIME BOMBができた頃だったのかな。

あとはWOOD STOCKやFOREVERにもよく行ってましたね。

Z:
FOREVERは、針中野のお店にも行きました?

H:
え?っと、梅田と難波は行ったことがあったんですけど、針中野は行ったことがなかったですね。

あと、大阪にいながら名古屋のイベントのオーガナイザーをずっとやってました。

LONDON NITEや、ジョニオ、NIGOといった東京系のイベントは、僕がブッキングやってました。

Z:
なるほど、そうだったんですね。

それでは最後に、大阪のお客さんに一言お願いできますか?

H:
今後とも末永くお願いします。

Z:
どうもありがとうございました!


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