INTERVIEW

TOSHI-LOW其の四

14/01/15

ZERO MAGAZINEインタヴュー!

BRAHMAN、TOSHI-LOW氏!

堂々の最終回!!!

心の内を紡ぐ語りは、さらに深く! コアに進みます!

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Z:
子供が生まれて何か変わりました?

T:
自分はストレートな道を歩んできたわけじゃなかったんで、父親になるってことに不安がありましたね。

バンドとしても、AIR JAMが終わって、そういうブームとして陰りが見えてくる頃でもあったんですよ。

なんとなく時代とのズレを感じてきた時期でしたね。

Z:
BRAHMANってそんな時期ないでしょ?

T:
いえいえ、あります。

急激な下降はなかったですけど、なんか自分のなかで違和感があったんですよね。

過去の人だよね?、ってなっていくのが分かるというか。

Z:
BRAHMANってそういった印象はまったくないですよ。

常に現役でやってる気がしますけど。

T:
いまになって考えればですけど、そんな時期があった気がしますね。

あと、自分は20代で死ぬと思ってました。

それでいいと思ってた部分もありましたし。

だから30歳以降が自分の予想とつじつまが合わないんですよ。

Z:
じゃあ、いいときにお子さんが生まれてよかったですね。

T:
人生について冷静に考えることができた部分もあります。

バンドを続けるべきか、ヤメるべきか、考えました。

家庭を持って、いままでのようなテンションでバンドができるのかな? っていう迷いがありましたね。

Z:
自分も、子供ができたときにいろいろ葛藤がありましたね。

でもやり切ろうって思ったんですよ。

他の仕事ができないですから(笑)。

T:
俺もそうですね、やり切ろうと。

Z:
子供が生まれたとき、1週間ぐらい寝れなくなったんですよ。

睡眠が1日に1時間みたいな。

で、いつも身体を診てもらってる先生に相談したら、『子供が生まれる前は、いつ死んでもいいって思ってたやろ?』言われたんで、そうですねって答えると『子供が生まれたから生きなあかん、っていう強迫観念にとらわれてるから、テレビも電気もつけっぱなしで寝れ』って言われたんですよね。

それをやると、本当に眠れるようになったんですよ。

そこからは考え方が変わりました。

やり切ろうと。

やり切ってダメだったら、またそのときに考えようって思い直しました。

T:
俺も針の先生に、まるっきり同じようなことを言われました。

『将来や安定の話をし出すと、いきなり身体が硬くなりますね。そういうことに向いてないんだと思います』と。

そうなんだ...って思って、それからは考え方を変えました。

突っ走っていけるところまでいこうと。

いま思うと、先のことをムリヤリ見ようとする自分がいたのかなって思いますね。

Z:
自分もそうだったんですけど、逆に今はいい感じですよ。

TOSHI-LOW君もそうでしょ?

T:
ええ、子供がいて自分が助かってるところもあるし、強くなれましたね。

Z:
子供ができてはじめて、死ぬ気でやれるって思うようになったんですよ。

それまでも、いつでも死んでやるって言ってましたけど、どこか怖い部分もあったんですよね。

今は自分が死んで子供が助かるんだったら、いつでも死ぬ覚悟はできてます。

子供を持っている人しか分からないことですよね。

子供が生まれると、自分自身も次のステップに進めました。

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T:
震災があったときも家族がいたから、ふんばれたのかなっていう部分がありますね。

自分が茨城に向かったとき、すでに1号機が爆発しちゃってたんですよ。

常磐道が崩れ落ちちゃって、国道6号線が唯一通っててた道だったんですよね。

100kmぐらいの距離だったんですけど、緊急車両優先だから片道12時間かかかるって聞いてたんで、行きたくてもなかなか行けなかったんです。

で、友達の奥さんと子供がちょうど帰省してて、福島にいちばん近い北茨城市ってところにいたんですよ。

その友達は行ってくるって言っても、みんなに断られたみたいなんですよ。

たしかに、3号機か爆発する直前だったんで、その状態で行く人は少なかったと思います。

でも、自分も行かなきゃって思って、家族に行ってくるよって伝えると、嫁が沈黙の後に「行ってきな」そして子供が、『うん...』って言ってくれたんですよね。

それで行く決心ができました。

Z:
あの震災でミュージシャンの人たちも、行く人と逃げる人、2つに分かれましたよね。

自分は歌いに行くべきだと思うんですよ。

T:
アーティストは、夢や希望を与えられる恵まれた仕事だと思います。

震災直後に水戸にあるライブハウスLIGHT HOUSEの人と話をしてたんですけど、『半年先まですべてのライブをキャンセルされた』ってことだったんですよね。

地元の人間で繋いでいくから大丈夫って言ってましたけど、潰れるのが目に見えてるじゃないですか。

それで、震災の2週間後ぐらいでしたかね、LIGHTHOUSEでBRAHMANのライブをやったんですよ。

節電うんぬんとか、ボロカス言われましたけど、やっぱり歌うべきだと思うんですよね。

日曜日の昼間にやったんですけど、今までのライブって楽しみで来てくれてるお客さんばかりでしたけど、そのときは目の本気さが違ったというか。

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Z:
落ち込んでるときに自粛すると、もっと落ち込んじゃうでしょ。

祭りがあるほうが絶対に楽しいし、ライブもみんな観たいと思ってますよ。

T:
それに、楽しいだけが音楽じゃないと思うんですよ。

聴き方っていくらでもありますしね。

自分はおっかない先輩の演奏とかを聴きながら、勇気をもらったりしてましたね。

だから、音楽って不謹慎なものじゃないですよ。

やってる方は、不謹慎な人もいっぱいいますけどね、自分も含め(笑)。

Z:
BRAHMANの震災ライブの映像を観てると、すごいなって思いますよ。

自分はそこまでできてませんから。

そういうことができるのは素晴らしいと思います。

T:
バンドをやっててよかったと思いますね。

もちろん、震災がなかったに越したことがないですけど、試されました。

勉強させてもらったことが多かったです。

Z:
最近のバンドブームが再来した理由のひとつにハイスタの復活があると思うんですよ。

T:
そうですよね。

震災後に、テンションだけでハイスタ復活してくれ! って俺もよく言えたなって思います。

朝、難波章浩に電話して、やればいいじゃんみたいなことを言ったら、『俺だってやりたいわ!』
じゃあ、やれよ!って怒鳴り合いになっちゃったんですよ。

で、横山健にも言ったんですけど、『2012年はやるけど、今年(2011年)は無理だよ。ハイスタとして心の準備もできてないし』と。

その後、なんとなくインターネット見ていラジオを聴いてたら、難波章浩と横山健が二人で写メ取って震災に対してついて話てて、『GO JAPAN!』『がんばろう!日本』みたいなことを言ってて、それを見て聞いた俺はブチ切れたんですよ。

すぐに、口先だけで言いやがってテメーらよぉ! ボケが!って留守電に入れたんですよ。

すると横山健から電話かかってきて、彼はふだん温厚な方なんですけど、『お前、どこにいるんだ! コラァ!』ってキレまくりの状態で。

六本木だ! コラァ!みたいな(笑)。

すると、横山健が自宅から30分ぐらいかけて来てくれたんですよ。

わざわざ来てくれたのが嬉しかったですね。

あとは酔っぱらってたからあまり憶えてないんですけど、膝にすがりついて泣いちゃったのは憶えてます。

横山健に、あんたらのCD、自分で買ってもう一度、歌詞を読んでみて。

そのときに、自分がどうするか考えてみて。

CDを買ったファンは、震災後の暗い三陸で待ってるよ!

あんたらがとるべき行動を考えてくれよ!って言いながら号泣しちゃいました。

結局、朝の5時ぐらいに横山健が帰っちゃって、ああ...

やっぱダメだったな...って思ってたら二三日後翌日に横山健彼から電話がかかってきて、『やるよ』と。

Z:
アツい感じですね!

最後に、ニューアルバムが出たってことで、コメントをお願いします(笑)。

T:
それはね、今回いいですよ(笑)。

ZERO MAGAZINEの読者さんは、コアさというか、どこかスッとする部分を読みたいと思うんですよね。

そこがおもしろいなって感じるんですよ。

Z:
なんか、これしかできないんですよ。

昔ならでっかいことをやって、金を儲けてやろうって思ったんですけど、自分はそっちじゃないなと。

大金を手にするには魂を売らないとダメじゃないですか。

それは無理だし、自分のできる範囲で長くやっていこうと。

T:
いつ頃からそう思うようになったんですか?

Z:
やっぱり子供が生まれてからですね。

正直、自分が認めている人間になら、お願いしますって言えるけど、ワケの分からないおっさんに、お願いしますって言うのは嫌なんですよ。

結局、人は死んじゃうでしょ。

100億円持ってても、みんな平等に死をむかえるわけですからそれなら生活できる範囲のお金で暮らして、死ぬ間際に、俺、メッチャおもろかったわ。って言って死にたいです。

そのほうが幸せじゃないかなって思いますね。

あと、自分は何万人も呼べるイベントはできないなと。

自分がイベントを打つと友達もいっぱい来てくれるから、半分はその為にやってる部分がありますね。

おもしろい人たちも、怖い人たちも大集合して、みんないい感じで楽しんでくれるから、それをやり続けようって思います(笑)。

前回のBRAHMANの大阪ライブでは、中谷隊長のすごいお願いに応えていただいて(笑)。

T:
あれは隊長じゃなければ無理でした(笑)。

速攻でセットリストを書き直しましたね。

Z:
『やってくれたわ、アイツらヤバい!』って喜んでくれてましたよ。

T:
好きで言ってくれたのが嬉しかったですね!

中谷さんの音楽に対する愛情はすごいと思います。

すごくピュアな目線でみてくれてるんですよね。

愛する音楽のひとつに入れてくれたのが、嬉しいです。

Z:
自分もBRAHMANのライブをフルで観たのは久しぶりでしたね。

みんなそこそこの歳ですが...すごい! と思いました(笑)。

なかなかあそこまで動けないですよ。

T:
体を使うしかないので(笑)。

Z:
MCも熱かったです!

T:
MCはずっとしてこなかったんですけど、震災後にするようになったんですよね。

言わないで斜に構えてるのがかっこいいって思ってた時期もあったんですけど、実は自信がなかったというか。

いまは、はっきりと物事を伝えるようにしてよかったなって思ってます。

今後も言えることは言っていこうかなと。

それで敵を作っちゃったら、負けないように強くなればいい話ですもんね。

Z:
TOSHI-LOW君はそういう立場にいますから、言いたいことは言ったほうがいいですよ。

それに共感する人がいると思うし、元気をもらう人もいますよ。

逆に、そうじゃないって感じる人がいるかも知れないですけど、言わなければはじまりませんよね。
これからも頑張ってください、またライブにお邪魔しますね。

T:
いや?、今日は嬉しかったな。

なぜ、みんなが信頼する人間かっていうのがすごく分かりました。

ぜひ、またよろしくお願いします!

Z:
ありがとうございました!

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人の生きる道について終始した最終回!

バンドマンが家庭を持つことによって、さらにパワーアップすることを実証し、音楽が人に勇気を与えるツールであることを知らしめたTOSHI-LOW氏!

熱く、真っすぐ、ブレない、一種悟りのようなものが響きます!

BRAHMANは!

サウンド&パフォーマンスはもちろんのこと、饒舌なるMCを傾聴し、ライブというものの在り方を再認識させてくれるバンドです!

今後も大いなる期待を胸に、ZERO MAGAZINEも追いかけて参ります!

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